フランス語学留学2019-2020

フランス語学留学の記録

リヨン最終日の夜に

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リヨン最終日の夜に、フランス在住のお世話になっている人たち全員へ「帰ります」というメッセージを送りました。そのうち会いましょう、と伝えていた人もいたのでみんな大変な時だろうとは思いましたが念のため。

 

こちらは大切な返信の一部。

Bonjour, Tu as bien raison. Pars vite et je te souhaite un bon retour dans ton pays et ta famille...」

「Oui, ta raison de rentrer au Japon. C'est moins pire là bas je pense」

「On va se revoir au Japon ou en France ! À bientôt !」

誰も「なぜ帰るの?」と問うことはなく、「正しい選択だ、早く帰ってね」という反応でした。でも、どれも「また会おうね!」と結ばれていたことが嬉しく、それがたとえ決まり文句だったとしても、この時の私にはとても響きました。本当は、帰りたくなかったから。帰ることに一切の迷いはなかったし、家族のいる場所に帰れる安堵感で数日ぶりに落ち着いていたけれど、 やり残したことをリヨンに山積みにして出て行く気がしました。

 

留学生にとって、帰国日は唐突にやってくるのです。アメリカに留学した方の中には「寮からあと3日で出て行ってくれ」と言われ、緊急帰国した例もあると聞きました。国境の閉鎖に都市封鎖、飛行機の減便という尋常ではない状態で移動したからこそ、帰国者の方々のコロナウイルスに対する声は緊迫感に満ちていて、日本と海外との間にある大きなギャップに当惑しているように見えます。

 

動かないから疲れない体に緊張が加わって、数日ずっと眠りが浅かったのですが、最終日の夜は、久しぶりに寝られる予感がしていました。何通か返ってきたメッセージを全て読み終え、スマホを枕元に置いて電気を消し、23時半に就寝。この日までに限っていえばやり残したことはない状態になってやっと落ち着くことができました。

 

30分ほど経った頃でしょうか。突然、長い電子音が鳴り響きました。驚いて飛び起きた私は、「母から飛行機キャンセルの連絡が入ったのかも!?」と焦りながらスマホの画面をスワイプして「はい、はい!もしもし!?」と日本語で応答します。深夜の電話は緊急の可能性が高そうな気がして。3月17日の23時には、フランス政府からいきなり外出禁止令に関するメッセージがきていたこともあって、夜の電子音には敏感になっていました。

 

(続きます)